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おら、豆がきらいな普通のオニになるッピィ 泣き

キスケはオニです。
仲間のアオベエやアカネは、オニゆえに豆が苦手です。
怖くて見るのも駄目なほど。
それなのにキスケは豆が平気です。
食べるのも、見たりさわったりすることも 実は大好き。
そんなキスケの悩みは ”普通”と違うこと。
マイノリティ(少数派)の悲哀です。
必死で豆が嫌いなふりをしてみるけれど、本音は変えられません。
結局、信頼できる仲間が 『そこがキスケのいいところ』と認めてくれた事でキスケは自信を取戻すのです。

小学校、中学校、高校と、一日の大半を (老人も赤ちゃんもいない)同じ年頃の仲間の中で、同じことを学び、同じものを食べて、同じ思い出を共有して育つ子ども達。
人と"違う ”ことは大問題です。
周りの人も違和感を感じて落ち着かなくて たまらなくなります。
でも、本人にもどうしようもありません。
そんな時 違っていてもいいと言ってくれる人の存在は大きくて、人生を左右するほどでしょう。

「違う」と言うことは簡単だけど、「違っていてもいいんだよ」と口にだすには ちょっと勇気がいる時代かもしれません。 何でもクラス分けすることに慣れている私達は、それを言えば自分も少数派の仲間とみなされるという危険を うすうす感じているから・・・

それでも、
それでも、
「違っていてもいいんだよ」と 言える人でいたい。
そんな ささやかであるべき勇気を 失いたくないと思います。


キレるという自己表現。
少し前に、流行語のように使われ始めてから すっかり市民権を得たようです。
堂々とキレる。
キレることを隠さない人が増えたような気がします。
○十年前 喜怒哀楽を簡単に見透かされる人は 格好悪いと言われていたと思いますが、今は素直に感情表現することが当たり前になったのかな。
『武士は食わねど高楊枝』はすでに死語と化しました。
グルメレポーターは「うまぁいッすごぉいッ」を連発し、感情を大げさに表現するという形を広めています。
『怒り』も大げさに表現してしまうのでしょうか。

今の時代は相手からの評価=自分の位置を常に気にして生きているのかも・・・だから、他人の言動が気になって、傷つくのを恐れて、過剰反応してしまうのかもしれません。


それでも 怒ってばかりでは円滑な人間関係が築けるはずもない。
無駄な体力や時間を使うだけ。
つまり、傷つくのは相手だけでなく なにより自分自身が傷ついてしまう。 心も社会的信用も。
やはり ある程度『怒り』はコントロールできるほうが良いようです。

・・・で
怒りを感じた時、その価値を考えてみます。
「自分を傷つけてまで怒るほどのことかどうか。」
考えることができれば それで怒りにブレーキがかかり始めます。
冷静に喜怒哀楽が表現できれば、心に余裕が生まれます。
『怒』は『哀』の水先案内人。
ならば『怒り』と上手につきあって 『喜』や『楽』に囲まれて過ごす方がお得ですよね。

明日もたくさん笑える一日になりますように・・・。

一年に一度、帰ってきてくださるご先祖さまに 精一杯のおもてなしを。

  〈盆行事〉
   12日 お寺さんへお供えを持っていく    冷麦が菓子、または果物
   
   13日 棚経をあげてもらう          午前中にお飾りをして、最初にお茶を供える
       迎え火                  夕方 門火をたく
       晩の食事                お粥と味噌汁(実は枝豆、ナス、ごぼう)

   14日 食事                   朝 餅(ぼたもち、あんころなど)
                             昼 かぼちゃの煮付け
                             晩 ササゲ(豆)の味噌和え

   15日 食事                   朝 味噌汁(実はダツ=里芋の茎)
                             昼 うどん、酢溜り(ところてん)
                             晩 里芋の煮付け
                             夜 味噌汁、抜き菜、米粉の団子
2008.08.19 未来を変える
運命は決まっている?
未来を変えることはできない?

たしかに、他人と過去は変えられない。
でも、自分と未来は変えられるのでは。

性格を変えること=自己否定になるから、とても辛い。
だけど、とりあえず演じることはできるでしょう。

なりたい自分を演じる→行動が変わる→習慣が変わる→人の見る目が変わる→人格が変わる

           そうすれば、きっと →未来が変わる


なりたい自分をプロデュースしてみませんか。

2008.07.30 甲子園
夏の大会は、中学高校の三年生にとっては最後の試合になることが多いと思います。
もちろんあの熱く輝かしい甲子園も。
敗れれば、このメンバーで 同じ熱い想いを共有しながら 命を燃やすような時間を過ごすことは 二度とありません。
敗北を味わうことなく優勝をかざったチームでも、その次に待ち受けているのは やはり別れです。

 三年間 ずっと一緒に汗を流してきた。
  涙を流し、苛立ち、笑い、喧嘩もした、理解りあえた、悔しくて、うれしかった日々・・・
  家族より濃密な時間を過ごしてきた。
  グランドでプレーする選手も、スタンドで応援する背番号なしの選手も 
  同じ苦しい練習から逃げなかった勝者だ。
  そんな仲間達と一緒にプレーするのも この試合が最後になるかもしれない。
  勝敗よりも、その先に必ず来る別離に心が揺れる。
一日でも、一分でも、一秒でも多く こいつらと一緒にいたい!!!


「ゲームセット!」
響き渡るサイレンの音を合図に、二度と帰らない時を胸に刻んで、再び交わることの無いそれぞれの道へと歩きだしていくのです。






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