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2009.02.04 福よ 来い
私が育った家は戦前から自転車店を営んでいた。
家には旧制の小学校を卒業したばかりの子が数名住み込みで働いていた。
お休みは1日と15日の月に二回だけ。家に帰れる長い休みもお盆と正月ぐらい。遊びたい盛りの子どもが 好きな仕事とかやりがいとかじゃなく、ただ生きていくために 他人の家で働いていた。
楽しみの少ない生活の中で、季節の行事は大切なものだった。

二月は豆撒き。
父親が門口に立ち 「オニは外」と声をかけながら背中ごしに外へ豆を撒き、すぐ戸を閉める。
その後「福は内」と言いながら、各部屋に豆を撒いていった。
その時、いっしょにお菓子やお小遣いを包んだものなども撒いて、家の子どもも奉公していた子どももみんなで夢中になって拾った。
わずかなお小遣いとお菓子を手に入れて、年の数だけ豆を食べた。
たわいのないこんな行事が 忘れられない楽しい思い出となっている。

今と比べれば本当に貧しい生活だったけれど、貧しいということにすら気付かず、一生懸命生きてきた。滅私奉公と言う言葉が当たり前の」ように使われ、人のために働くことに疑問すら感じなかった。

奉公に来ていた子たちも何人かは赤紙がきて、戦争で命を落とした。
生き残った人達も、懸命に日本を支え、激動の昭和を生き抜いてきた。

そんな人たちに後期高齢者という名前がつけられた。
何だか、長く生きてきたのがいけなかったと言われているようで さみしい。



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