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しゃぼん玉 とんだ
屋根までとんだ
屋根までとんで
こわれて消えた

小さな頃から親しんだ歌です。
この歌は 二人目の子(娘)を生後わずか10日ほどで失った野口雨情が、その想いを込めて 作った歌だそうです。

しゃぼん玉 消えた
飛ばずに消えた
うまれてすぐに
こわれて消えた

風 風 吹くな
しゃぼん玉 とばそ

愛しい子どもはいなくなってしまっても 梅の花は 毎年 毎年 約束したように花が咲く。
花は還ってくるのに なぜ 私の子どもは還らないのか。
あの子は 何のためにうまれたのか。

苦しい想いの中 やがて雨情はひとつの答えを見出したと言います。

子どもは 今もむかしも 私の一部。
私と子どもは 因と縁で結ばれている。
私が正しく生きることが 子どもの生まれてきた価値となる。

そうして 生きる力を取り戻したそうです。


子どもを亡くした親の喪失感は いつの時でも変わらないと思います。
70歳の義父が亡くなった時、長男に先立たれた90歳の祖母の「長生きして いいことなんか ひとつも無かった」と泣く姿に、かける言葉は見つかりませんでした。
それでも時は過ぎていきます。
いろいろな事故や事件を耳にするたび、祖母と同じ嘆きの中にいる人を思い浮かべ 切なくなります。
せめて 今 生きている生命達が その使命を全うできますようにと、願わずにはいられません。
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