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2007.01.30 終戦前夜
昭和20年4月 今の高等学校にあたる中学校に入学した。
入学した時には立派だった講堂も、またたく間に軍需工場になって、教室は足りないので、生徒半分は学校で勉強。残りの人は勤労奉仕で、出征して人手の足りなくなった家へ勤労奉仕に行った。
空襲はますますひどくなって、一日に何回も警報がでたり、解除になったりした。学校へ行く途中で警報がでると家へ帰る。解除されると学校へ。12キロの距離を三回も四回も行ったり来たりを繰り返す日もあった。
大きな都市ばかりでなく、全国的に空襲を受けるようになり、日本がどんどん焼け野原になって行った。
新しい爆弾が広島に落ちたと聞いた。長崎にも落とされた。原爆という言葉もまだ知らなかった。
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